ワークライフバランスを守るアサーション術〜抱え込まず自分を大切にする伝え方〜
1. 仕事を抱え込みがちなあなたへ:ワークライフバランスはなぜ崩れるのか
日々の業務に追われ、「もっと自分の時間が欲しい」「疲れているのに断れない」と感じている読者の皆さまもいらっしゃるかもしれません。仕事熱心な方ほど、頼まれた仕事を断りきれず、抱え込んでしまう傾向があります。顧客からの無理な要求に応えようとしたり、社内からの急な依頼を引き受けてしまったりすることで、気づけば業務量が手に負えなくなり、ワークライフバランスが崩れてしまうことは少なくありません。
なぜ、私たちは「No」と言ったり、助けを求めたりすることが難しいのでしょうか。それは、「断ったら悪いと思われるのではないか」「評価が下がるのではないか」「周りに迷惑をかけてしまう」といった不安や懸念があるからです。しかし、その結果、自分自身が疲弊し、かえって業務の質が落ちたり、長期的なキャリアに影響が出たりする可能性もあります。
このような状況を改善し、自分を大切にしながら、仕事も円滑に進めるために役立つのが「アサーション」というスキルです。
2. ワークライフバランスを守るために不可欠な「アサーション」とは
アサーションとは、相手の権利や気持ちを尊重しながら、自分の意見や要求、感情を正直かつ率直に伝えるコミュニケーションスキルのことです。単に自分の主張を押し通すことではなく、自分も相手も大切にする「誠実な自己表現」と言えます。
ワークライフバランスを守る上で、アサーションは非常に重要な役割を果たします。
- 境界線を引く: 仕事とプライベートの間に健全な境界線を設けることを可能にします。時間外労働の依頼、キャパシティを超える業務量などに対し、自分の状況や希望を適切に伝えることで、過度な負担から自分を守ります。
- 優先順位を調整する: 複数のタスクがある中で、何に優先的に取り組むべきか、何は引き受けられないのかを明確に伝えることができます。これにより、自分自身の時間管理がしやすくなります。
- 協力を求める・助けを求める: 一人で抱え込まず、必要な時には同僚や上司に助けを求める勇気を与えてくれます。
アサーションを身につけることで、無理な依頼を断る、納期や業務量の調整を相談する、終業時間になったら業務を切り上げる意向を伝えるなど、ワークライフバランスを維持するために必要な行動を、罪悪感なく、相手との関係を損なわずに取ることができるようになります。
3. 場面別:ワークライフバランスを守るアサーション表現
ここでは、ワークライフバランスが脅かされがちな具体的なビジネスシーンを想定し、すぐに使えるアサーション表現の例文をご紹介します。それぞれの表現を選ぶ理由や意図も解説します。
a. 急な残業や休日出勤の依頼を断る
- シーン: 終業間際に上司から、今日中に終わらせてほしい急な追加業務を頼まれた。今日はどうしても外せない予定がある。
- アサーション表現例:
- 「〇〇さん、ご依頼ありがとうございます。大変恐縮なのですが、今日はこの後、外せない私用が入っており、残業することが難しい状況です。もしよろしければ、明日の朝一番で対応させていただくことは可能でしょうか?」
- 「〇〇の件ですね。承知いたしました。ただ、申し訳ございません、本日は既に予定があるため、対応できるのは明日以降となります。いつまでにご必要でしょうか?調整させていただけますと幸いです。」
- 表現の意図:
- まず依頼への感謝や受け止めを示し、クッション言葉を使います。
- 断る理由を「私用」など具体的に説明しすぎず、「外せない予定がある」「対応が難しい」と誠実に伝えます。(※会社の文化や状況によっては、簡単な理由説明が求められる場合もありますが、プライベートの詳細を話す義務はありません。)
- 代替案として、いつなら対応できるか、またはいつまで必要かを確認することで、協力の姿勢を示し、関係性を保ちます。一方的な拒否ではなく、解決策の提案を含めることがポイントです。
b. 業務量が多すぎて納期調整が必要な場合
- シーン: 現在抱えている業務量が多すぎて、依頼されている別の業務の納期に間に合わせるのが難しい状況。
- アサーション表現例:
- 「〇〇部長、現在担当している△△のプロジェクトに加え、新たに□□の業務もご依頼いただき、ありがとうございます。現状ですと、△△のタスクに時間を要しており、□□の納期である〇月〇日までに完了するのが難しい見込みです。他の業務との兼ね合いで、〇月〇日までであれば確実に対応できるかと考えておりますが、納期についてご相談させていただけますでしょうか。または、△△のタスクの一部を他のメンバーに引き継いでいただくなどの調整は可能でしょうか。」
- 「△△さん、依頼いただいた〇〇の件についてご相談です。ありがとうございます。現状、手持ちの業務が立て込んでおりまして、期日までに対応できるか懸念しております。もし可能であれば、期日を△日ほど延長していただくか、あるいは一部の作業をご担当いただくことは可能でしょうか。状況をご説明し、ご相談させていただければ幸いです。」
- 表現の意図:
- 依頼への感謝を示しつつ、現在の状況(多忙であること)を具体的に、客観的に伝えます。感情的にならず、事実に基づいた説明を心がけます。
- 現在の見込み(納期に間に合わない可能性があること)を正直に伝えます。
- 自分からの代替案(可能な納期、一部の作業引き継ぎなど)を提示し、相談の姿勢を示します。問題提起だけでなく、解決に向けた提案を含めることが重要です。
- 「Iメッセージ」(「私は~が難しい状況です」)を使うことで、非難めいた印象を与えず、自分の状況を伝えます。
c. 終業間際の依頼に対し、時間内に終わらないことを伝える
- シーン: 定時を過ぎた頃、同僚から「これ、明日朝一で使うから、今すぐやってくれる?」と頼まれたが、どう考えても定時内には終わらない量で、今日中に終わらせることは現実的ではない。
- アサーション表現例:
- 「△△さん、ご依頼ありがとう。この〇〇の件ですね。拝見しました。申し訳ないのですが、この内容は今日の定時時間内での完了は難しい量だと感じています。もしよろしければ、明日の朝一番で優先して対応させていただくことは可能でしょうか?」
- 「〇〇の件、承知しました。ただ、今から着手しても、今日の業務終了時間までには終わらない可能性が高いです。明日の朝、最優先で対応するのでは遅いでしょうか?もし今日中が必須であれば、他の方にご相談される方が確実かもしれません。」
- 表現の意図:
- 依頼内容を受け止めたことを伝え、感謝やクッション言葉を使います。
- 「今日の定時時間内での完了は難しい量だと感じています」「今から着手しても終わらない可能性が高い」と、事実に基づき、かつ「私(自分)」の状況として伝えます。断定を避け、「感じる」「可能性が高い」といった表現を使うことで、柔らかく伝わります。
- 明日対応する代替案や、今日中が必要な場合の別の解決策(他の方への相談)を提示することで、無責任な印象を与えません。
d. 自分ではない業務を依頼された場合
- シーン: 自分の専門外、あるいは担当範囲ではない業務を、別の部署の人から直接依頼された。
- アサーション表現例:
- 「〇〇さん、この件についてご相談いただきありがとうございます。ただ、大変申し訳ございませんが、この業務は私の担当範囲ではなく、△△部署の□□さんが専門で担当しております。よろしければ、□□さんにご確認いただくか、私から□□さんに連携しましょうか?」
- 「〇〇の件ですね。ありがとうございます。私の理解では、この業務は××チームの担当となっているかと存じます。もし宜しければ、チームリーダーである△△さんにご相談いただけますでしょうか。ご不明な点があれば、お繋ぎすることも可能です。」
- 表現の意図:
- 依頼されたことへの感謝を示します。
- 自分の担当範囲ではないことを明確に伝えます。曖昧にせず、正直に伝えます。
- 誰が担当であるかを伝え、正しい担当者へ案内します。
- 「お繋ぎしましょうか?」「ご相談いただけますでしょうか?」など、相手が次の行動を取りやすいような選択肢や協力を提示します。
これらの例に共通するのは、感情的にならず、事実に基づき、自分の状況を正直に伝えつつ、相手への配慮や代替案を示すことで、一方的な「拒否」ではなく「調整」や「相談」のスタンスを取ることです。
4. アサーションスキルを磨く:今日からできる練習法
アサーションは練習によって誰でも身につけることができるスキルです。いきなり大きな変化を目指すのではなく、スモールステップで取り組んでみましょう。
- 自己分析を行う:
- 自分がどのような状況で断るのが苦手か、どのような依頼を抱え込みやすいかを具体的に書き出してみましょう。(例: 上司からの急な依頼、顧客からの曖昧な要求、同僚からの頼まれごとなど)
- 自分のキャパシティ(時間、体力、精神的な余裕)を客観的に把握します。
- 自分が仕事やプライベートで大切にしたいこと、守りたい境界線は何かを明確にします。
- 簡単なことから試す:
- いきなり難しい「断る」から始める必要はありません。まずは、依頼内容を明確にするための「質問する」(「これは具体的に何をすれば良いでしょうか?」「いつまでにご入用ですか?」など)や、「確認する」(「〇〇ということで合っていますか?」)から始めてみましょう。不明確なまま引き受けてしまうことを防ぐことができます。
- ランチや飲み会への誘いなど、比較的軽い状況での「今日は少し難しいです」といった断り方から練習してみるのも良いでしょう。
- ロールプレイングを行う:
- 想定されるビジネスシーンを思い浮かべ、その状況で自分がどう伝えるか、声に出して練習してみましょう。可能であれば、家族や友人、信頼できる同僚に相手役をお願いし、フィードバックをもらうと効果的です。
- 例文集を参考に、声のトーンや表情にも意識を向けてみましょう。
- 肯定的なアファメーションを取り入れる:
- 「私は、自分自身の時間と健康を大切にする権利がある」「私は、自分のキャパシティを超えた依頼に対して、誠実に調整を申し出ることができる」といった肯定的な言葉を自分に語りかけることで、アサーティブな言動への抵抗感を和らげることができます。
- 小さな成功体験を積み重ねる:
- アサーティブな言動ができた小さな成功体験(例: 質問して依頼内容が明確になった、納期調整の相談ができた)を意識的に認め、自分を褒めてあげましょう。成功体験が自信につながります。
5. 心構え:アサーティブに伝えるためのポイント
アサーションを実践する上で、いくつかの重要な心構えがあります。
- 事実に基づいて描写する: 自分の感情や主観だけでなく、「〇〇という状況です」「△△のタスクに〇時間かかっています」のように、客観的な事実を伝えることで、相手に状況を正確に理解してもらいやすくなります。
- 「私(Iメッセージ)」を主語にする: 「あなたが〜だから困ります」ではなく、「私は〜と感じています」「私は〜するのが難しい状況です」のように、自分の感情や状況を主語にして伝えることで、相手を非難するトーンにならずに済みます。
- 相手への配慮を忘れない: 自分の意見や要求を伝える際も、相手の状況や立場、感情に配慮する姿勢を示すことが大切です。丁寧な言葉遣いや、感謝の言葉を添えるなど、敬意を払うことで、良好な関係性を維持しやすくなります。
- 冷静に、率直に: 感情的にならず、落ち着いて、自分の考えや状況を誠実に伝えましょう。曖昧な表現は避け、誤解が生じないように努めます。
- 完璧を目指さない: 最初から完璧なアサーションを目指す必要はありません。少しずつでも、自分の気持ちや状況を適切に伝えられるようになることが目標です。失敗から学び、次に活かす姿勢が大切です。
6. 自分を大切に、仕事を円滑に:アサーションで理想の働き方を実現する
ワークライフバランスを守ることは、単に楽をすることではありません。自分自身の健康や精神状態を良好に保つことで、仕事にもより集中でき、高いパフォーマンスを発揮することに繋がります。また、自分のキャパシティや状況を適切に伝えることは、チーム全体の業務分担や進行管理の精度を高めることにも貢献します。
アサーションは、抱え込みがちな方が自分を大切にし、健全な働き方を実現するための強力なツールです。今回ご紹介した具体的な表現や練習法を参考に、できることから一つずつ実践してみてください。
アサーティブなコミュニケーションを重ねることで、あなたは周囲からの信頼を失うことなく、むしろ「自分の状況をしっかり伝え、建設的な対話ができる人」として、より尊重されるようになるでしょう。自分自身の心と体を守りながら、仕事でも十分に力を発揮できる、理想のワークライフバランスをアサーションで手に入れてください。