自分を大切にしながら伝える。自己肯定感を育むアサーション実践法
ビジネスの現場で、自分の意見や要望を適切に伝えられず、抱え込んでしまったり、不本意ながらも他者の要望を受け入れてしまったりすることはありませんでしょうか。会議で発言したいのに、つい黙ってしまうという経験をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。
こうした状況の背景には、「自分の意見には価値がないのではないか」「相手に嫌われたらどうしよう」といった、自己肯定感の低さが影響しているケースが少なくありません。アサーションは単なる自己主張ではなく、相手を尊重しつつ自分自身も大切にするコミュニケーションスキルですが、そのためには、自分自身の価値を認め、「自分の意見や感情を表現しても良い」という基本的な自己肯定感が必要不可欠となります。
この記事では、ビジネスシーンでのコミュニケーションに課題を感じている読者の皆さまに向けて、自己肯定感を育みながらアサーションスキルを向上させるための具体的なアプローチと練習法をご紹介いたします。
アサーションとは?自己肯定感との深い関係性
改めて、アサーションとは、相手の人権を尊重しつつ、自分自身の気持ちや考え、信念、権利を正直に、率直に、そして適切に表現するコミュニケーション技法です。攻撃的でもなく、非主張的でもない、「誠実」な表現を目指します。
このアサーションを実践する上で、自己肯定感は非常に重要な土台となります。自己肯定感とは、「自分には価値がある」「自分はこのままで大丈夫だ」と感じられる感覚です。
自己肯定感が低いと、以下のような状態になりやすい傾向があります。
- 自分の意見や感情を重要視できない
- 他者からの評価に過度に依存する
- 失敗を恐れ、新しい挑戦や発言をためらう
- 「断ることは悪いことだ」と思い込む
- 自分の時間や労力を犠牲にしがちになる
これらの状態は、まさしくアサーションとは真逆の行動につながります。自分の意見に価値を見出せなければ、それを伝えようとは思いませんし、他者の評価を恐れては、正直な気持ちを伝えることは難しくなります。「自分には断る権利がある」「助けを求めることは恥ではない」といった自己の権利を認められなければ、非主張的なコミュニケーションを選んでしまいます。
つまり、アサーションスキルを身につけることは、単に話し方を学ぶだけでなく、自分自身の内面、特に自己肯定感を育むことと深く結びついているのです。
自己肯定感を意識したビジネスシーンでのアサーション例
それでは、自己肯定感を少しずつ育みながら、ビジネスシーンでアサーションを実践するための具体的な表現例を見ていきましょう。共通するポイントは、「自分自身の状況や感情を正直に伝えること」「相手への配慮を示しつつ、自分の権利も尊重すること」です。
場面1:複数の業務依頼があり、抱えきれない時
- 非主張的な対応: 「はい、承知いたしました。」(内心、無理だと思っても引き受けてしまう)
- 攻撃的な対応: 「今それどころじゃないんです!自分でやってください。」
- 自己肯定感を意識したアサーション:
- 「〇〇さん、ご依頼ありがとうございます。現在、△△と□□の業務を進めており、現状の納期ですと、すべてを高品質で期日内に完了させるのが難しい状況です。」(事実を伝える)
- 「もし可能であれば、今回の業務の優先順位についてご相談させて頂けますでしょうか。あるいは、期日を〜まで延ばしていただくか、他の方法をご検討いただけると大変助かります。」(代替案や相談を提案する。「助かります」と素直な気持ちを伝える)
- ポイント: 自分の抱えている状況(リソースの限界)を正直に伝え、「できない」と一方的に断るのではなく、解決策や相談を提案することで、相手への協力姿勢を示しつつ、自分自身の業務負荷も適切に管理しようとしています。これは「自分のキャパシティを尊重する権利がある」という自己肯定感に基づいた行動です。
場面2:会議で自分の意見を言いたいが、自信がない時
- 非主張的な対応: 黙ったまま、発言しない。
- 攻撃的な対応: 他者の意見を遮って、一方的に話し始める。
- 自己肯定感を意識したアサーション:
- 「△△の件について、一つ考えを申し上げてもよろしいでしょうか。」(発言の許可を求める丁寧な前置き)
- 「ありがとうございます。私は〜と考えます。その根拠としましては、これまでのデータ分析から〜という傾向が見られるためです。」(自分の考えと、その根拠を明確に「私」を主語にして伝える)
- 「もしかしたら見当違いかもしれませんが、もしよろしければご意見を頂けますと幸いです。」(完璧でなくても良い、という心構えで、他者の意見も求める姿勢を示す。自信のなさを正直に伝えつつ、議論に参加する)
- ポイント: 「私の考えにも価値がある」という自己肯定感を持ち、発言の許可を得るなど丁寧なプロセスを踏むことで、建設的な対話を促します。自信がなくても、「見当違いかもしれない」と前置きすることで、心理的なハードルを下げ、発言への一歩を踏み出しやすくします。
場面3:不明確な指示を受け、どう進めて良いか分からない時
- 非主張的な対応: 分からないまま、間違った方向に進めてしまうか、固まってしまう。
- 攻撃的な対応: 「指示が不明確すぎます!」と相手を責める。
- 自己肯定感を意識したアサーション:
- 「〇〇様、先ほどご指示いただいた△△の件について、いくつか確認させていただけますでしょうか。」(指示があったことへの理解を示し、確認が必要な旨を伝える)
- 「特に、〜の部分について、具体的なイメージを掴むために、例えば〜といった形で進めればよろしいでしょうか、それとも〜という進め方が適切でしょうか。」(具体的な疑問点を挙げ、自分の理解や代替案を示しながら質問する)
- 「この点を明確にしてから進めた方が、後戻りなくスムーズに進められるかと存じます。」(質問する理由を伝え、意図を明確にする)
- ポイント: 「分からないことを聞くのは恥ずかしいことではない」「不明点をクリアにしてから進めることは、業務の質と効率を高めるために必要なことだ」という自己肯定感を持ち、相手を責めずに、建設的な質問を投げかけています。
アサーションスキルと自己肯定感を同時に育む練習方法
アサーションは練習によって習得できるスキルです。そして、その練習過程で自己肯定感も同時に育んでいくことが可能です。ここでは、一人でも取り組める具体的なステップをご紹介します。
ステップ1:自分の意見・感情・欲求に気づく練習(自己認識)
アサーションの第一歩は、自分がどう感じているか、何を求めているか、どんな意見を持っているかを正確に認識することです。自己肯定感が低いと、自分の内面に目を向ける習慣がなかったり、自分の感情や意見を抑え込んでしまったりしがちです。
- 実践方法:
- 感情の記録: 一日の終わりに、その日感じたポジティブ・ネガティブな感情を簡単にメモしてみましょう。「会議で発言できなかったとき、不安を感じた」「〇〇さんに感謝の言葉を伝えられて、嬉しい気持ちになった」など、短い言葉で構いません。
- 意見の言語化: ニュースや書籍、仕事の出来事について、「自分はどう思ったか」を頭の中で考えたり、可能であれば書き出したりする練習をします。「この記事の主張に賛成だ、なぜなら〜」「このプロジェクトの進め方について、自分ならこう考える」など。
- 欲求の認識: 自分が本当は何をしたいのか、何をされたいのか、何が必要なのかを考えます。「今日は早く帰ってゆっくりしたい」「この業務について、もっと詳しい情報が欲しい」など。
この練習は、自分の内面を「価値あるもの」として扱う行為そのものであり、自己肯定感を育む土台となります。
ステップ2:ポジティブな自己評価を意識する練習
自己肯定感を高めるためには、自分の欠点ばかりに目を向けず、良い点や成功体験にも意識的に目を向けることが重要です。
- 実践方法:
- 今日の良かったことリスト: 毎日寝る前に、その日あった良かったこと、自分ができたこと、誰かに感謝されたことなどを3つ書き出してみましょう。小さなことで構いません。「時間通りに会議に出席できた」「丁寧にメールを作成できた」「同僚の質問に答えられた」など。
- 自分の強みを見つける: これまで乗り越えてきた困難や、人から褒められたこと、自分が「得意だな」と感じることをリストアップしてみましょう。完璧な人間はいません。自分の持つポジティブな側面に焦点を当てる練習です。
- 完璧主義を手放す: アサーションは「完璧な」コミュニケーションではありません。時として失敗することもあります。失敗しても自分を過度に責めず、「今回はうまくいかなかったが、次はこうしてみよう」と建設的に捉える練習をします。
ステップ3:スモールステップでのアサーション実践
自己認識と自己評価が進んだら、いよいよ実践です。しかし、いきなり難しい場面に挑戦する必要はありません。リスクの低い、日常的な場面から少しずつアサーションを試してみましょう。
- 実践方法:
- 感謝の言葉を伝える: 積極的に「ありがとうございます」「助かりました」と具体的に感謝を伝えましょう。これは相手への尊重を示すアサーションの基本です。
- 簡単な質問をする: 会議や打ち合わせで、疑問に思ったことを率直に質問してみましょう。「恐れ入ります、〜についてもう少し詳しく教えていただけますでしょうか?」
- 小さな依頼をする: 困ったときに、「〜を手伝っていただけますか?」「〜について教えていただけますか?」と具体的に助けを求めてみましょう。
- 断る練習: 些細なことから断る練習をします。例えば、休憩中に頼まれた簡単な雑用で、本当に手が離せない時など。「すみません、今〇〇の対応中ですぐには難しく、△△時以降でしたら可能です」など。
小さな成功体験を積み重ねることで、「自分はコミュニケーションをとることができる」「自分の意見や要望を伝えても大丈夫だ」という自信が生まれ、自己肯定感が高まります。
ステップ4:ロールプレイングやイメージトレーニング
より実践的な場面に備えて、具体的な状況を想定した練習も効果的です。
- 実践方法:
- 一人ロールプレイング: 想定されるビジネスシーン(例: 上司に業務調整を依頼する、顧客からの無理な要求に答える)を思い浮かべ、実際に声に出してアサーションの台詞を言ってみましょう。スマートフォンで録音して聞き返すのも有効です。
- イメージトレーニング: 自分が自信を持って、穏やかなトーンでアサーションを行っている姿を具体的にイメージします。成功している自分の姿を想像することで、実際の場面での不安を軽減する効果が期待できます。
アサーションを行う上での心構えとポイント(自己肯定感を保つ視点)
- 「Iメッセージ」を意識する: 自分の感情や意見を伝える際は、「あなたは〜だ」と相手を主語にするのではなく、「私は〜と感じる」「私は〜と考えます」と「私」を主語にして伝えることで、自分の内面を率直に表現しやすくなります。これは自分自身の気持ちを大切にする行為です。
- 相手の反応をコントロールしようとしない: アサーションを行った結果、相手が必ずしも望ましい反応をするとは限りません。相手の反応は相手のものであり、自分の責任ではありません。自分の役割は、「誠実に伝えること」に集中することです。相手の反応に一喜一憂せず、自分のアサーション行為そのものを肯定的に評価しましょう。
- 完璧を目指さない: アサーションは常に成功する魔法ではありません。時にはうまくいかないこともあります。それでも、「今回は難しかったが、挑戦できた」「自分の気持ちを伝えようと努力した」というプロセスを肯定的に評価することが、自己肯定感を保つ上で大切です。
まとめ
ビジネスシーンでの自己表現の苦手意識は、多くの場合、自己肯定感と深く関わっています。しかし、自己肯定感は固定されたものではなく、日々の少しずつの意識と練習によって育んでいくことが可能です。
アサーションは、自分自身の意見や感情を大切にしながら、相手も尊重するコミュニケーションスキルです。そして、このスキルを磨くプロセスそのものが、自己認識を深め、自分の価値を再確認し、小さな成功体験を積み重ねることで、結果的に自己肯定感を高めることにつながります。
すぐに劇的な変化がなくても、自分の内面に目を向け、小さな一歩を踏み出し、自分の努力を肯定的に評価していくことで、少しずつ自信を持ってビジネスコミュニケーションに臨めるようになるはずです。ぜひ、今日からご紹介した練習法を試してみてください。自分を大切にしながら伝えるアサーションは、きっと皆さまのビジネスライフをより豊かなものにしてくれるでしょう。