上司からの依頼にどう応える?無理なく引き受ける・断る・調整するアサーション術
多くのビジネスパーソンが、上司からの依頼への対応に悩みを抱えています。「断りにくい」「抱え込んでしまう」といった経験をお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか。結果として業務過多になり、本来注力すべき業務に支障が出たり、心身の負担が増加したりすることもあるかもしれません。
このような状況を改善するために有効なのが、「アサーション」というコミュニケーションスキルです。アサーションは、単に自分の主張を押し通すことではなく、相手を尊重しながらも、自分の気持ちや立場、要求を誠実に伝える手法です。今回は、上司からの依頼に対して、ご自身の状況や能力を正直に伝え、無理なく対応するためのアサーションの活用法と、具体的な練習方法をご紹介します。
アサーションとは何か、なぜ上司への対応に重要なのか
アサーション(Assertion)とは、自分と相手の双方を尊重しつつ、自分の考えや感情、要求を率直かつ正直に伝えるコミュニケーションのことです。攻撃的に相手を非難したり、受身になって自分の意見を抑え込んだりするのではなく、対等な立場で向き合うことを目指します。
上司からの依頼に対してアサーションを使うことが重要な理由はいくつかあります。
- 健全な関係構築: 曖昧な返事や無理な引き受けは、かえって後々のトラブルにつながりかねません。正直に現状を伝えることで、上司との間に信頼関係を築きやすくなります。
- 業務の質向上: 自分のキャパシティや専門性を踏まえて適切に対応することで、任された業務の質を高めることができます。
- 自身の負担軽減: 無理な依頼をすべて引き受けてしまうと、自身の業務が圧迫され、疲弊してしまいます。アサーションによって、健全なワークライフバランスを保つことが可能になります。
- 建設的な解決策の模索: 単に断るだけでなく、代替案を提示するなど、共に解決策を考える姿勢を示すことができます。
上司からの依頼にアサーションで応える具体的な場面と表現例
ここでは、ビジネスシーンでよくある上司からの依頼に対し、アサーションを用いてどのように伝えるかの具体例をご紹介します。
場面1:現在の業務量で期日内の完了が困難な依頼
突発的な依頼や、現在の業務負荷を考慮すると物理的に対応が難しい期日での依頼を受けた場合です。
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伝えるべき要素:
- 依頼いただいたことへの感謝や理解(難しい場合でもまずは耳を傾ける姿勢)
- 現在の業務状況とそれによる影響(事実に基づいた説明)
- 依頼された内容に対する自身の懸念(期日、負荷など)
- 建設的な提案(期日の調整、優先順位の相談、代替案など)
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アサーション表現例:
「〇〇部長、この度の〜の件についてのご依頼、ありがとうございます。大変恐縮なのですが、現在担当しております△△のプロジェクトに注力しており、✕✕日までに完了させるための目途を立てている状況です。(事実の描写) つきましては、もし〜の件を✕✕日までに完了させるとなると、△△プロジェクトの納期に影響が出てしまう可能性がございます。(自身の状況と懸念) つきましては、〜の件の期日を△日までにご調整いただくことは可能でしょうか。あるいは、△△プロジェクトと〜の件のどちらを優先すべきか、ご指示いただけますでしょうか。(要望・代替案の提示) ご期待に沿えず申し訳ございません。(相手への配慮)」
- ポイント: 「〜できません」と一方的に断るのではなく、まずは依頼内容を受け止める姿勢を見せます。その上で、事実(現在の業務状況)とそれによって生じる影響(懸念)を冷静に伝えます。「〜していただけますか」「〜についてご指示いただけますか」のように、協力や指示を求める形で提案につなげます。
場面2:自分の専門外・役割外の依頼
自身の専門知識や業務範囲とは異なる依頼を受けた場合です。
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伝えるべき要素:
- 依頼への感謝や理解
- 依頼内容と自身の専門性・役割との関係性(事実に基づいた説明)
- 依頼された内容への懸念(自身のスキル不足、担当外であることなど)
- 建設的な提案(適任者の推薦、情報収集の協力など)
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アサーション表現例:
「〇〇部長、〜の件についてご相談いただき、ありがとうございます。大変恐縮なのですが、〜の分野については私の専門知識が十分ではなく、お力になれるか正直なところ自信がございません。(感謝と事実、正直な気持ち) もしよろしければ、△△さん(適任者)がその分野に詳しいかと存じますので、彼にご相談いただくのが適切かもしれません。あるいは、私が情報収集のお手伝いをすることは可能です。(代替案・協力の提案) ご期待に沿えず申し訳ございません。(相手への配慮)」
- ポイント: できない理由を明確に伝えつつ、代替案を提示したり、自身にできる範囲での協力を申し出たりすることで、貢献したいという姿勢を示します。「△△さんが適任です」と断定するのではなく、「ご相談いただくのが適切かもしれません」のように、相手に判断を委ねる丁寧な言い方を心がけます。
場面3:依頼自体は可能だが、他の優先度が高い業務がある場合
依頼内容自体は対応可能でも、現在抱えている他の業務の方が優先度が高い、あるいは締め切りが近い場合です。
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伝えるべき要素:
- 依頼への感謝や理解
- 現在の業務状況と優先順位(事実に基づいた説明)
- 依頼された内容の対応可否と、対応した場合の影響
- 建設的な提案(対応時期の相談、他の業務との優先順位の確認)
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アサーション表現例:
「〇〇部長、〜の件について承知いたしました。ありがとうございます。(感謝と理解) 現在、来週締切りの△△プロジェクトを進めており、そちらが最優先となっております。(事実と優先順位) 〜の件についてですが、△△プロジェクト完了後の✕✕日以降でしたら、集中して取り組むことが可能です。もし✕✕日以降で差し支えなければ、喜んでお引き受けいたします。(対応可能時期の提示) あるいは、△△プロジェクトよりも〜の件を優先すべきでしょうか。ご指示いただけますと幸いです。(優先順位の確認)」
- ポイント: 依頼を引き受ける意思は示しつつ、現実的な対応時期を提示します。他の業務の状況を具体的に伝えることで、なぜその時期になるのかの理由を明確にします。優先順位について上司に確認を求めることで、業務全体の最適化を図る姿勢を示します。
アサーションスキルを向上させるための具体的な練習方法
アサーションは、意識して実践することで着実に身につくスキルです。一人でも取り組める具体的な練習方法をいくつかご紹介します。
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自己分析から始める:
- 自分がどんな時に「ノー」と言いにくいか、どんな時に自分の意見を抑え込んでしまうかを振り返ってみましょう。
- 無理な依頼を受けた時、どんな感情(不安、罪悪感、怒りなど)が湧き上がってくるか、冷静に分析してみましょう。
- 自分が本当に伝えたいこと、守りたいこと(例:業務品質、納期、自身の健康)は何なのかを明確にしましょう。
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伝えたいことを書き出してみる:
- 実際に依頼を受けた状況を想定し、上司に伝えたい内容を紙に書き出してみましょう。
- 「事実」「自分の感情・状況」「要望・提案」の要素を含めることを意識します。
- 「〜という事実があるため、私は〜と感じています。そこで、〜していただけますでしょうか。」といった構成で考えてみると整理しやすいです。
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ロールプレイング(一人または誰かと):
- 書き出した内容を声に出して読んでみましょう。
- 可能であれば、信頼できる同僚や友人に上司役をお願いし、実際に話してみる練習をします。フィードバックをもらうとさらに効果的です。
- 一人で行う場合は、鏡を見ながら表情や声のトーンも意識して練習してみましょう。
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スモールステップで実践する:
- いきなり難しい場面で使うのではなく、まずは比較的簡単な場面でアサーションを試してみましょう。例えば、会議で簡単な質問をする、同僚に少しだけ手伝いを頼むなど、抵抗の少ない場面から始めます。
- 成功体験を積み重ねることで、自信を持ってより難しい場面に挑戦できるようになります。
アサーションを行う上での心構えとポイント
アサーションを効果的に行うために、以下の心構えやポイントを意識しましょう。
- 完璧を目指さない: 最初からすべてがうまくいく必要はありません。少しずつ、できる範囲で試していくことが大切です。
- 相手への尊敬を忘れない: 自分の権利を主張することと、相手を尊重することは両立します。丁寧な言葉遣いを心がけましょう。
- 「I(私)」を主語にする: 「〜すべきです」「〜が間違っています」のようなYOU(あなた)メッセージではなく、「私は〜だと思います」「私は〜と感じています」「私には〜が難しい状況です」のように、自分を主語にして話すことで、一方的な非難ではなく、自分の正直な気持ちや状況を伝えることができます。
- 事実に基づいて話す: 感情的にならず、客観的な事実や状況を伝えることを意識しましょう。
- 結果に固執しすぎない: アサーションは、あくまで自分の意見や要望を誠実に伝える「プロセス」です。伝えた結果、必ずしも自分の希望通りにならないこともあるかもしれません。しかし、伝えないまま抱え込んでしまうより、伝えたこと自体に価値があります。
まとめ
上司からの依頼への対応は、ビジネスシーンにおける重要なコミュニケーションの一つです。無理な依頼を断れずに抱え込んでしまうことは、ご自身の負担になるだけでなく、業務の質やチーム全体のパフォーマンスにも影響を与えかねません。
アサーションは、相手を尊重しながら自分の状況や意見を誠実に伝えるための強力なツールです。今回ご紹介した具体的な表現例や練習方法を参考に、ご自身の状況に合わせて少しずつ実践してみてください。
すぐに完璧なアサーションができるようになる必要はありません。小さな一歩から始めて、少しずつ自分らしい誠実なコミュニケーションの形を見つけていくことが大切です。アサーションを身につけることで、上司とのより健全な関係を築き、ご自身の業務をより効果的に進めることができるようになるはずです。応援しています。