新しい役割・業務の期待値をすり合わせるアサーション術 〜自身の能力と状況を正確に伝える〜
期待される役割や業務への戸惑いとアサーションの重要性
ビジネスシーンでは、新しいプロジェクトへの参加を打診されたり、現在の業務に加えて新たなタスクを依頼されたりすることが頻繁にあります。このような時、「自分に務まるだろうか」「今の業務で手一杯なのに、これ以上引き受けて大丈夫だろうか」といった不安を感じながらも、期待に応えたい、頼みを断りたくないという思いから、つい安請け合いをしてしまい、結果として業務過多になったり、期待された成果を出せなかったりといった経験をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。
これは、自分の能力や現在の業務状況を正確に把握し、それを相手に誠実に伝えるコミュニケーションが不足している場合に起こりやすい課題です。ここで重要になるのが「アサーション」というスキルです。アサーションは、相手を尊重しつつ、自分の考え、感情、要求、そして状況を正直に、率直に伝える自己表現の方法です。特に、期待される役割や業務範囲に対して、自身の現実的な能力やリソースを踏まえて建設的に応答し、期待値を適切にすり合わせるために、アサーションは非常に有効です。
期待値に関するコミュニケーションにおけるアサーションの役割
新しい役割や業務に関する依頼や期待は、相手からの信頼や評価の表れでもあります。しかし、その期待が自身の現在の能力や状況と合致しない場合、無理に進めようとすると、かえって品質の低下や遅延を招き、結果的に相手からの信頼を損ねてしまう可能性もあります。
アサーションを用いることで、このような状況を避けることができます。単に「できません」と拒否するのではなく、「現在の状況はこうなので、〇〇の部分については懸念があります」「私の現在のスキルセットでは、この領域の経験が不足しています」といった事実に基づいた情報を提供し、「しかし、△△の点については貢献できます」「もし〇〇のサポートがあれば可能です」「期日を調整いただければ対応できます」のように、現実的な貢献範囲や代替案を提示することが可能になります。これにより、相手は状況を正確に理解し、より建設的な解決策や役割分担を検討できるようになります。これは、自分自身の負担を適正に保つだけでなく、チーム全体のパフォーマンス向上や、より強固な信頼関係の構築にも繋がります。
具体的な場面別アサーション表現例
ここでは、新しい役割や業務の期待値をすり合わせる具体的な場面と、そこで使えるアサーション表現の例文をご紹介します。
場面1:新しいプロジェクトへの参加を打診されたが、自分のスキルセットに一部不安がある場合
依頼内容に感謝を示しつつ、自身の能力について正直に伝え、貢献できる点と懸念点を明確にします。
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アサーション表現例: 「〇〇プロジェクトへの参加のお声がけ、ありがとうございます。大変光栄です。プロジェクトの目的と内容は魅力的に感じております。私の持つ△△の経験は活かせると考えております。一方で、今回の主要なタスクである□□の領域については、実務での経験が浅いため、キャッチアップに時間を要する可能性があります。もし可能であれば、経験のある方にご助力をいただくか、私が担当する範囲を一部調整いただけると、よりスムーズに貢献できるかと思います。」
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表現の意図: 依頼を受けたことへの感謝とポジティブな意向を示すことで、相手の意向を尊重する姿勢を示します。自身のスキルについて客観的な自己評価を伝え、貢献できる点と懸念点を具体的に示すことで、不確実性を解消し、相手が状況を正確に把握できるようにします。懸念点に対する具体的な対策案や代替案を提示することで、一方的な「できない」ではなく、建設的な解決に向けた姿勢を示します。
場面2:現在の業務が多忙な中で、追加の業務依頼を受けた場合
現在の業務状況を客観的に伝え、物理的に対応が難しいことを説明し、調整案を提示します。
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アサーション表現例: 「この度、新しいタスクの依頼をいただき、ありがとうございます。重要性を理解いたしました。現在の私の状況についてお伝えさせてください。現在、〇〇プロジェクトの納期が近づいており、△△の業務も並行して進めているため、今週から来週にかけては非常に業務負荷が高くなっております。そのため、誠に恐縮ですが、このタスクを今すぐに引き受けるのは難しい状況です。もし可能であれば、着手時期を来週後半以降に調整いただくか、私が担当している他の業務の一部を別の方にお願いできないかご検討いただけると大変助かります。」
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表現の意図: 依頼への感謝と内容の理解を示すことで、相手の立場に配慮します。感情的にならず、現在の業務状況(理由)を事実に基づいて具体的に説明します。「今すぐに引き受けるのは難しい状況」と物理的な制約を率直に伝えます。一方的な拒否ではなく、時期の調整や業務分担の再検討といった具体的な代替案を提示することで、問題解決に向けた協調的な姿勢を示します。
場面3:期待されている役割や成果について、自身の能力やリソースでは難しいと感じる場合
期待に対する感謝を示しつつ、自身の状況を誠実に伝え、現実的な目標や必要なサポートについて話し合いを提案します。
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アサーション表現例: 「〇〇さん(上司や関係者)から□□という役割に対する期待をいただいていること、大変ありがたく感じております。ご期待に応えたい気持ちは大きいのですが、正直なところ、現在の私のスキルレベルや経験では、お一人でその役割を完璧に果たすのは難しいかもしれないと感じております。特に、△△の分野に関しては、より深い知識や経験が必要だと認識しています。もしよろしければ、達成すべき目標について改めて話し合い、私が現実的に貢献できる範囲や、必要なサポート体制についてご相談させていただけますでしょうか。目標達成のために、私ができる最大限の努力をしたいと考えております。」
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表現の意図: 相手からの期待や評価に対する感謝を丁寧に伝えます。「難しいかもしれない」と正直な自己評価や懸念を伝えますが、感情論ではなく、具体的な理由(スキルレベル、経験不足など)を示唆します。一方的に諦めるのではなく、「達成すべき目標について改めて話し合い」「必要なサポート体制について相談」といった具体的な次のステップを提案することで、前向きかつ建設的な解決を目指す姿勢を示します。
アサーションスキル向上のための具体的な練習方法
期待される役割や業務に対してアサーションを効果的に行うためには、日頃からの練習が重要です。一人でも取り組める方法をいくつかご紹介します。
ステップ1:自己分析と状況把握
まずは、自分自身の「できること」「できないこと」「やりたいこと」「やりたくないこと」「現在の業務負荷」「必要なリソース」などを正確に把握することから始めます。
- 練習方法:
- 自分のスキルや経験をリストアップしてみる。
- 現在抱えている業務のリストを作成し、それぞれの所要時間や優先度を書き出してみる。
- 新しい依頼があった際に、「これまでの経験で活かせる部分は?」「学ぶ必要がある部分は?」「現在の業務と両立は可能か?」などを自問自答する習慣をつける。
- 客観的な視点を持つために、信頼できる同僚や先輩に意見を聞いてみる。
ステップ2:伝える内容の構成
自己分析に基づき、相手に伝えるべき情報を整理します。アサーションでは、感情論ではなく事実に基づいて伝えることが重要です。
- 練習方法:
- 「状況(客観的な事実)」→「自分の気持ち・考え(主語を「私」にする)」→「要望・提案(建設的な解決策)」という流れで、伝えたい内容を書き出してみる。(例:「〇〇の件ですが(状況)、私は△△だと感じています(気持ち・考え)。つきましては、□□としていただけると助かります(要望・提案)。」)
- 伝えたい内容を短い箇条書きにまとめて、論点を明確にする練習をする。
- 一方的な言い方になっていないか、相手への配慮が感じられる表現になっているかを確認する。
ステップ3:ロールプレイングと反復練習
頭の中で考えるだけでなく、実際に声に出して練習することが効果的です。
- 練習方法:
- 想定されるビジネスシーンを具体的に設定し、自分自身が依頼を受ける側、あるいは状況を説明する側として、アサーション表現を声に出して練習する。
- 可能であれば、信頼できる同僚や友人、家族に相手役をお願いし、ロールプレイング形式で練習する。相手からの質問や反応に対応する練習も行う。
- 鏡に向かって練習し、表情やジェスチャーが伝えたい内容と一致しているか確認する。
- スマートフォンなどで録音し、後で聞き返して改善点を見つける。
ステップ4:スモールステップでの実践
練習で自信がついたら、比較的抵抗の少ない場面から実際のアサーションを試してみます。
- 練習方法:
- まずは、依頼の一部について少しだけ調整をお願いする、自分の得意な部分について具体的に言及するなど、小さなアサーションから始めてみる。
- 「完璧にアサーションできなくても大丈夫」と気楽に考え、まずは「自分の意見や状況を言葉にする」経験を積むことを目標にする。
- 実践した後は、うまくいった点、改善できる点などを振り返り、次の機会に活かす。
アサーションを行う上での心構えとポイント
期待値に関するアサーションを成功させるために、以下の心構えやポイントを意識しましょう。
- 事実に基づいた描写: 感情論ではなく、現在の業務負荷、特定のスキルの有無、過去の経験といった客観的な事実に基づいて状況を説明します。
- 主語を「私」にする (I-message): 「〇〇さんは私に無理をさせようとしている」ではなく、「私は現在の業務量では、この追加タスクを期日までに終えることが難しいと感じています」のように、自分の状況や感情を主語「私」で伝えます。
- 相手への配慮: 依頼してくれたことへの感謝や、期待に応えたい気持ちを伝えるなど、相手の立場や意図を理解しようとする姿勢を示すことで、建設的な対話につながります。
- 一方的な拒否ではなく、建設的な対話を目指す: 「できません」で終わらせず、「〇〇であれば可能です」「△△のような代替案はいかがでしょうか」「詳細について相談させてください」のように、解決策や調整案を提示・提案し、共に最適な着地点を見つけようとする姿勢が重要です。
- 自信を持つ: 自分の能力や状況を正確に把握し、それを伝えることは、無責任に引き受けて失敗するよりもはるかに誠実でプロフェッショナルな対応であることを理解し、自信を持って伝えましょう。
まとめ:アサーションで期待値のズレをなくし、より良い結果へ
新しい役割や業務に対する期待値のコミュニケーションは、ビジネスを円滑に進める上で非常に重要です。自己表現が苦手と感じる方も、アサーションのスキルを身につけることで、自身の能力や状況を正確に伝え、無理なく最大の貢献を果たすことができるようになります。
今回ご紹介した具体的な表現例や練習方法を参考に、まずは小さな一歩から実践してみてください。アサーションは、単に自分の意見を主張するものではなく、相手との相互理解を深め、より建設的な関係を築くための強力なツールです。自身の負担を軽減し、業務の質を高め、そして何より、周囲との信頼関係をより強固なものにするために、ぜひアサーションを積極的に活用していただければ幸いです。